撮って見た 其の502012/07/29 14:28:37

花桃・関白(カンパク)

撮って見た 其の50-1
「桃色」と云う位に、桃の花の色のイメージは定着して居る。 確かに実を喰べる桃の花色に白は無い。 白桃と云えば、水蜜桃で有り、花の色を意図しない。 だが、花桃と云う実は喰べられないが、花を愛でる種類の桃が有り、其れには白い花を付ける種類も有る。 此の花は、白い花桃の代表的な品種の「関白/寒白」だと思われる。 早咲きで八重に開く花は豪華絢爛。 バラ科サクラ属モモ亜属。 余談だが、桜はバラ科サクラ属サクラ亜属で、梅はバラ科サクラ属スモモ亜属。 ウメ亜属と云うのは無いのね…
日本では古来、桃を詠んだ歌は梅や桜に比べると少ない。 老父の研究対象の万葉集にも2首しか収められて居ない。 有名だとすれば、紫式部の此の詩だろうか。

  おりて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひぐまなき 桜おしまじ

水に活けた時、桜は直ぐに散って仕舞うので、活花にするなら桃がベターだと云う事だよね…

撮って見た 其の50-2
一方、中国では「桃源郷」と云う言葉が有る位に桃を愛でる。 道教を初めとして、桃は古来より生命の象徴とされて来た。 以前、木瓜の記事の中で書いたが、漱石が引いた「帰園田居」も陶淵明の作品だったが、「桃源郷」も同じく陶淵明の「桃花源記」が出処だ。 「桃源郷」の話は斯くも奥が深~いので、此処では避けて置きたい。



山梨(ヤマナシ)

撮って見た 其の50-3
此の樹もバラ科だとは判るのだが、林檎なのか桜桃なのか… 花だけで同定するのは、素人には容易では無い。 其の樹に生る果実を知って居れば、簡単な話で有るのだが。 そんなこんなで、此の花が「山梨」だろうと当りを付けるのに時間が掛かって仕舞った。
前述の様にバラ科でナシ属。 県名と同じなので少々戸惑うが、四国や九州にも分布して居る。 弥生時代に稲作と共に中国から渡来した野生種(登呂遺跡からも種が発掘されて居る)で、此れを改良した日本の喰用品種には「ラ・ルランス」や「ル・レクチェ」が有る。 薬効は有る様だが、味は不味いらしく、山梨派生では無くても、美味しい梨が作られる様に為ってからは、山梨が栽培される事は無く為った。 山梨の自生する場所が人里近くに限られるのは、嘗て栽培されて居た証だろう。 名前の由来は、シンプルに「山に生える梨」。 県名も此の樹から取った(奈良時代には既に「山梨郡」とされて居た)様なのだが、県木は「楓」だし、県花は「豆桜」だ。
折角なので、「梨」の由来も調べて置いた。 日本書紀にも「梨」の栽培を奨励する記述が有るが、小生が良く引用する平安時代の「本草和名(ほんぞうわみょう)」では、「梨」の和名を「奈之(なし)」として居る。 更に古い「新撰字鏡(しんせんじきょう)」には、「奈志乃木(なしのき)」の記載が有る。 一方で、「和名抄(わみょうしょう)」では、中国名を「梨子」として居る。 此の中国名の「梨」、若しくは「梨子」の由来は調べ切れなかったが、日本語の「ナシ」の音の由来には、果肉の白さを意味する「なかしろ(中白)」等、諸説有る。 白楽天が「梨色一枝」と讃えた楊貴妃(枕草子 三十三段)の様に、中国では美人を此の花の白さに譬える。 歌舞伎界を「梨園」と呼ぶのは、梨が沢山植えられて居た長安の内苑に於ける玄宗帝の故事に由来する。

万葉集には、大伴家持の一首の他に二首の歌が並べて掲載されて居る。

  黄葉(もみぢば)の にほひは繁し しかれども 妻梨の木を 手折りかざさむ

真っ当な解釈は老父に任せるとして、此れは恐らくは宴の戯れの中での詩。 「未だ妻を娶らぬ身としては、秋の夜の一人寝は切ない。 慰めに梨の木を髪に挿して過ごそう。」 「妻なし」と「梨(なし)」を掛けて居るのは云う迄も無い。 続くのは、同席して居る女性からの返詩だと思われる。

  霜露の 寒き夕(ゆうへ)の秋風に もみちにけらし 妻梨の木は

「秋も深まり、風の冷たい夜は淋しさも一入でしょう。 其れでも樹木(きぎ)が色付く様に、貴方にも素敵な出会いが訪れます様に…」と、「宜しければ、私が…」の気持を込めた物と思われる(ホントか)。

余談だが、子供の頃に御金持の?友人宅で、彼の母親に「有りの実」として饗された事を忘れない。 彼の父親は、何処か南亜細亜の国の大使だか領事だかをされて居たと記憶して居る。
扨、秋に伺って、此の樹に違う実がぶら下がって居たらどうしよう。

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