鵠沼蘭2013/05/05 20:59:09

「クゲヌマラン」で検索を掛けると「鵠沼ランチ」と出て、渦も紹介されるから、矢っ張り所縁が有るのだろう。 渦の芳実オーナーが力を入れて居る「蓮池浄化プロジェクト」の話をした時に「鵠沼蘭」が話題に為った。 以前に小生が聴き込んだ情報を彼は覚えて居たのだ。 「綺麗に為った蓮池の周りに鵠沼蘭を咲かしたいんですよね…」の実現は迂遠な道程(みちのり)だろうが、先ずは少し突っ込んで調べて見た。

抑、「鵠沼蘭」とは何ぞ…此の花は「銀蘭」と云う白い小型の蘭の変種(染色体数が2本少ない)で、日本固有種説も有ったが、遊川知久氏に依ると「ユーラシア大陸の主として冷温帯域からアフリカ北部にまで広く分布する」そうだ。 1935年頃に東京大学の植物生化学者の服部静夫氏が鵠沼で保養中に発見し、前川文夫氏が新種として記載したのが日本での最初の報告で、其故に此の名が有る。 (遊川知久氏の「北海道に分布するクゲヌマラン類似植物」に依ると、「日本での分布を最初に報告したのは、Finet(1900)と思われる」との事。)

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江ノ電鵠沼駅の近くの片瀬川に掛かる境橋の欄干には此の花のレリーフが刻まれて居るが、湘南に於ける情報としては、1983年に当地在住の塩沢努氏が100株程生えて居る所を発見して居る。 明らかにされなかった其の場所は辻堂とも云われ、当時の鵠沼でも自生を確認したとされて居る。 だが、其れから更に30年、関東での再発見報告は暫く途絶えて居た。 と、「過去形」にしたのは、此処数年、関東を始め九州以外の広い地域から自生情報が伝わって来たからだ。 環境省のレッドデータブックで絶滅危惧1A類(CR)(やや危ういと云う分類)、神奈川県では絶滅危惧種に指定されて居るにも拘わらず、だ。 「エゾノハクサンラン」の別名が有るが、特に札幌周辺等、北海道では古くから目撃例が多かった。
此のHP(http://www1.seaple.icc.ne.jp/noko/kugenuma.html)に詳しいが、文献に記された情報も、「距が短く殆ど花の外からは見えない」だけが共通で、重要な識別ポイントの「葉の基部が茎を抱くか否か」も異なって居るし、唇弁の隆起条の数も違う。 此れは違う植物を記述したとしか思えない相違だ。 我が敬愛する牧野富太郎先生は、「ギンランに比べて壮大、葉数が多く、花はより大きく…」と書かれて居るが、新しい情報では「壮大」と迄は行かず、やや大きいと云う程度だ。 「鳥取県において新たに分布が確認された5種の植物」(March 23, 2012)に依ると、
①ギンランにみられる明瞭な距がなく、
②葉はギンランのそれと比べると細長く形態的にはササバギンランに近いが、
 ササバギンランの葉は薄く軟質であるのに対し、クゲヌマランの葉は
 やや皮質で鈍い光沢がある。

盗採を避ける為にネットや論文では自生場所を特定しないのが常だが、立川の昭和記念公園が探し易い場所とされて居る。 例年は5月中旬が花期だが、2013年は2週間程早いと聞いて、GWの一日、休日出勤を昼で切り上げて、中央線は青梅特快に乗り込む。 此の電車を捕まえれば、東京から西立川迄は40分だ。 広大な国営公園なので、此処から20分以上歩かないと目的地に着かない。 家族連れやカップルで大層賑わう園内は、花壇が綺麗に整備されて居る。 だが、小生の目は路傍の野草ばかりを追い掛けて仕舞う。 目指すのは「こもれびの丘」と呼ばれる雑木林だ。 園内の何処よりも静かで、子供達の燥声も遠い。 大きなレンズの方は野鳥ハンター、小さなレンズの方は御仲間の様だが、其れも数名で、後は気軽な散策の方と御近所のワンコの御散歩(400円も掛けてね)コース見たいだ。

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金蘭(海老根とか云われると訂正したく為る)と
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銀蘭は直ぐに見付かった。

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同じフォトのアップ。 距(赤丸)がはっきり見て取れる。 アブラムシが沢山居るが、其れで花の大きさが知れる。

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笹葉銀蘭も咲いて居た。 銀蘭より大きく、葉が花序よりも上に出るのが特徴。 フォトは凝り過ぎて失敗(笑)。

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扨、此れは…
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アップにして見よう。 元々、銀蘭の仲間の花冠は殆ど開かないのだが、此の花に距は見られない。 だが、其れだけを以って鵠沼蘭と断じる訳には行かない。 銀蘭には距が出ないと云う小さな変異が起こる事が良く有るからだ。 流石にもう少し開いた状態の株を探したい。
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で、此れ…
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此れ…(蔓は矢筈豌豆)
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一番らしく撮れた株。

此処の様に、金蘭、銀蘭、笹葉銀蘭が集まるのは、「蘭菌」環境の所為なのだろう。 此処の株は総じて小型なので、鵠沼蘭と思しき株にも牧野先生が仰る「壮大」な印象は無いが、花も銀蘭に比べるとやや大きくて、異なる形状の花が上を向くと云う特徴が良く判る。 ネット上の数多くの「鵠沼蘭」とされる花のフォトと比べても、違うとは云えない。 だが、長年報告の無かった鵠沼蘭が最近に為って、彼方此方で大挙して自生する物だろうか? 繁殖地の広がりの速さからして、「ユーラシア大陸に広く分布する本種が近年外来種として新たに国内に定着した」(鳥取県において新たに分布が確認された5種の植物)との説は傾聴に値するが、小生が思うには、此の30年程の間に何個所かで銀蘭の変異が改めて起こり、「新たな鵠沼蘭」が発生し、温暖化の影響も有り、植生を広げて居るのでは無いだろうか。 1935年に鵠沼で発見された鵠沼蘭(Cephalanthera longifolia (L.) Fritsch)とは、変異した場所もタイミングも違うと考える。 DNA鑑定が可能で有れば、1935年の鵠沼蘭と昨今の鵠沼蘭とを比較して見たい物だ。 特に1935年型は、太平洋沿いの砂質の黒松林で生育するとされて居るが、現代型鵠沼蘭はそうでは無い。(昭和記念公園の林にも松は無い) 亦、前述した「葉の基部の様子」だが、1935年型は茎を抱いて居なかった様だが、現代型は抱いて居る。 此の現代型鵠沼蘭を「鵠沼蘭」と呼んでも良いのか…と云えば、小生は賛成しない。 別な変異に依る違う特性を持った植物だと考えるからで有る。 或いは変異を起こし易い銀蘭の一寸した気紛れに過ぎないのかも知れない。 何処かで1935年型に出会わないかしらん。 数有るネット上の記事の中で、1935年型と思われるのが此れ。 黒松の松毬が転がって居るのが、尤もらしい(笑)。 http://www22.ocn.ne.jp/~tamukai/kugenuma.html

環境省の絶滅危惧種情報検索の結果


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先日、荒井浜(油壺)にダイヤモンド富士を撮りに行った時に海を望む高台の林で見掛けた笹葉銀蘭は、黒松の根本に生えて居た。 背丈も30cm程有ったので、「壮大」で有る。
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暗いので画質が荒れて居るが、拡大して見ると距も確認出来るので、残念乍、鵠沼蘭では無い。 でも、此の林はもう一度、確かめたい場所だ。 とは云え、平たい場所は東大の地震研究所等で、入れそうも無いなぁ…

調べる内に藤沢市に有る日本大学生物資源科学部植物資源科学科の腰岡政二教授が、藤沢市の依頼で「クゲヌマラン」の保存・増殖の研究をされて居ると云う情報に行き当った。 前述した様に、此の種類の蘭の生育には地中の「蘭菌」の存在が必須なのだが、蘭菌の培養技術は未確立なのだ。 恐らくは其の研究をされて居るのだろうと推測するが、日大の研究室にも鵠沼蘭は有るのだろうか? 有るとすれば、其れは何時、何処で採取された株なのだろう。 或いは移植は困難なので、蘭菌だけが其処に有るのかも知れない。 一度、御話を伺うチャンスを得たい物だ。

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此れは銀蘭だが、背後に前年の枯株が見える。 此の様な例が多く、地中の蘭菌のコンディションの良い場所に生える事の証だ。

扨、芳実オーナーが望む様に、蓮池の廻りに鵠沼蘭が咲く日は来るのだろうか…