東北関東大震災2011/03/12 23:23:00

恐ろしい地震だった。
震度5強の場所(ビルのプライベート震度計は、6を示して居た)に居たのだが、耐震ビルとは云え、この揺れは流石に怖かった。 最初にネット経由のラジオ(radiko.jp:タイムリーなローカル情報はAMラジオが一番)をPCから流し、大型モニターにはNHKの画像が映し出される。 ホワイトボードにネットワークやサーバーのステイタスをバンバン書いて、其れをエクセルシートに落とす。 アナログ的作業だが、下手に自動化するより人間の臨機応変性が勝ると、トライアルが教えて呉れた。 危機管理委員会のPCで見られる様にセット… 10分で此処迄出来るのは、矢張、訓練の賜物だ。 更に外出して居るスタッフの安否情報も集める。 此もセコムとのタイアップが、訓練時と同じに廻る。 うん、危機管理委員会の立ち上がりよりも、ITDR( IT Disaster Recovery )が早かった。 ま、当然だが… なんて、鼻息を荒くして居ると、目を覆いたく為る様な画像がモニターに映し出される。 当初、M7.8とアナウンスされ、大津波警報も岩手・宮城・福島だけだったのが、最終的には津波警報は列島をぐるりと廻り。 湘南も大津波警報に変わって居る。 地震規模も最終的にM9.0に修正されたが、此れは凄まじい。 関東大震災の60倍と云うこの地域で発生する地震としては、想定外のエネルギー量だ。
計算の速い連中が近くのホテルを取り、コンビニで何万円もの喰料を調達して来る。 此で準備は整った。 電車が全部止まり、「帰るな、帰すな」の指令が出て、皆でオフィスに籠城と決まる。 一応、こんな状況が落ち着いたのは18時頃だったろうか。 其迄も、其れからも余震やら関連?地震とか、日本中が巨大地震に揺さぶられて、箍が外れて仕舞った様で、彼方此方で揺れ捲って居る。 本震では来なかった、「緊急地震速報」が其後、空振の連チャンで遣って来る。 其れでも小さい揺れには多少は慣れるもので、結構、昼間には遣れなかった仕事も進捗した。 日付が変わる頃には、地下鉄や私鉄が動き出し、帰れるスタッフを返した後、其先はコアなベテランスタッフに任せて、小生が帰途に着いたのは、日出時刻の1時間前。
JRは未だ動いて居ない事も有って、奥さんの実家に義母の安否確認を兼ねて寄る。 足止めを喰って居た奥さんとも此処で待ち合わせ。 少し鋭気を養ってから、自宅に向かう。 だが、東海道線が何時迄も復旧しないのに業を煮やして、田園都市線で西下。
其後、伝わって来る情報は想像を絶する酷さだ。 原発のトラブルも恐怖を煽る物だが、現実問題は輪番停電だ。 オフィスに戻り、対策を練らなくては…

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